家庭教師田口の視点(128ページ目)
(このホームページは、最初は、ご興味のあるところから、拾い読みをされることをお勧めいたします。うそや大げさな表現は避けているつもりです。プロの家庭教師のレベルとして、当然のことを書いているつもりです)
2018年5月7日
(前回のつづきです)
彼とはじめて会ったのは、彼が中3のときだったと思います。
厳密に言いますと、そのずっと前の彼が赤ん坊のときに、何度か会っているはずかと思いますが、記憶がはっきりしません。
もちろん、彼は覚えていません。一度彼に
「実は、君が赤ちゃんのころに、君に会っているはずだけど、もちろん覚えてないよね」
みたいな話をしたら、彼、少し驚いていました。
ですから、実質はじめて会ったのは、彼が中3のときと言っていいかと思います。
「何度か会っているはず」というのは、実は、彼の年の離れたお兄さん(もう家庭を持たれている立派な社会人です)も私は教えていて、そのころに産まれた子が彼だったのです。で、しばらくブランクがあって、「また教えてほしい」旨ご連絡いただき、教えることになったという感じです。
そういう意味では、そのお宅とは、とても長いお付き合いなのですね。
このホームページを立ち上げる前からのお付き合いなのですから。
いずれにせよ、はじめて彼と会ったとき、彼がうつという病に苦しめられるとは思ってもみませんでした。
だって、彼は、どちらかと言えば、ぶっきらぼうな感じの雰囲気をもっていた子でしたから。最初のころに一番印象に残っているのは、彼の首をすくめるような、というか、あごを少し引くだけというようなというか、そんなあいさつでした。
少し(ほんの少しですが)、ヤンキーっぽいにおいを感じさせさえしました。
もっとも、私は経験上、子供って、それでいいと思ってきた人間で、むしろ、子供らしからぬ丁寧な言葉づかいをする子のほうに、いじめにあいかねないかもという不安を感じとることが多いです。
実際の彼は、うつになって、何かにおびえているような表情をしていたようなときも、うつから立ち直って、「ゼロに近い状態」から関関同立の2つの大学、MARCHの2つの大学に受かるくらい必死にがんばっていたときも含めて、私には(!)終始いい子でした。とてもピュアで心優しい子でした。
うつになる直接のきっかけは、高校に入ってからでした。(つづく)
2018年5月14日
彼は中高一貫をそのままあがって高校生になりました。中学のころから、学校から多少問題児扱いされていたのですが、高校生になって、一層そういう傾向が強くなりました。
こういう本来は心優しい子が問題児のように思われてしまったりしかねないのが、学校というものの恐ろしいところですね。
中3のときの担任の先生はとても彼にやさしく接してくださったのですが、高校で担任になられた先生は、ほぼ真逆の方だったのですね。
中3のときの担任の先生は、何かトラブルらしきものがあったとき、わざわざ家まで来てくださり、彼の言い分を聞き、ご両親とお話をし、彼の心のケアを大事にしてくださった、という感じでしたが、高校では、何かに遅刻したというだけで、彼は担任の先生に胸ぐらをつかまれたこともあったと言っていました。いろいろとひどいことをされたようです。
おそらく、中学から問題児だったという申し送りがあり、成績もよくなかった彼は高校の先生から、最初から偏見を持ってみられていたのかもしれません。
実は、成績が悪いということ自体が、学校の先生から「嫌われる」大きな要因だったりもするのですね。
私は、勉強ができなかった小学生時代、先生からよくいじめられていました。授業態度も悪かったという部分を割り引いても、ひどかったという印象を持っています。授業中頭が痛くて、泣いていたのに、担任の先生は、それを無視し、放置され、あとで、風邪をこじらせてしまったということがわかり、母親が学校までかけつけてきて、病院に連れていかれたというのを、覚えています。
高校で成績が学年トップになったときは、先生方は、私の顔をみて、皆さんいつもニコニコ顔だったのを覚えています。私が先生に何かについて言い返してもニコニコ顔でした。
理不尽ですが、先生も人間で、そういう面もあった(ある)のでしょうね。
問題児とのレッテルをはられてしまった彼は、ことあるごとに、学校の先生、特に担任の先生から、いじめられていたわけです。「指導」という名のもとに、、。
お母さんにも、彼の「問題児ぶり」が担任の先生から伝えられ、お母さんからもお父さんからも厳しく言われるようになりました。
で、私は、だんだん危険性を感じ始めました。なんとか、彼を「ご両親の攻撃」から守ろうとできるだけのことをしました(誤解ないよう申しておきますが、ご両親は、とても優しい方々です。実際、彼の弟さんは、まったくご両親に対する不満を言ってきたことがありませんから。でも、ときどき発せられるご両親の言葉が、彼には(!)きつかったのでしょう)。
私は、ご両親に、彼がうつになりかねない危険性をお伝えし続けていましたが、で、ご両親も配慮してくださいましたが、それでも、何かの折に厳しく接することがあったらしく、学校の担任の先生からの「いじめ」と相まって、あるとき「発症」しました。
今でも私は、うつを発症した時の彼に異常さを感じたのを鮮明に覚えています。
「あ、しまった!」
と思いました。(つづく)
2018年5月21日
「あ、しまった!」という状況から、彼をレベルの高い大学に受からせた、などと言いますと、格好いいかもしれませんが、こういうのは、失策をしたあとのファインプレーみたいなもので、そもそも失策をしなければ、つまり、「あ、しまった!」という状況にならなければ、ファインプレーもなかったので、決して自慢できるものではないですね。
私は最善を尽くしたつもりではありましたが、もしかしたら、何かいい知恵があったのかもしれません。くやしかったです。
私は、こういう時こそ私という人間が問われるのだと感じました。
私は、彼に医者に診てもらい、病状を確認するといい、と伝えました。
彼は、電車やバスに乗るのがものすごくつらい、他人と顔を合わせるのが怖いみたいなことを言いだしました。特に若い女性が怖いと言っていました(以前教えていたうつの子は、特に女性が怖いみたいなことを言っていなかったので、同じうつでもいろいろあるようです)。
したがって、病院に行くこと自体がつらいという、この病気特有の悩みと闘いながら、彼は、なんとか病院に行って、「うつ」であるという診断結果を受けました。
学校にも行けず、行くとしたら、定期テスト中くらいで、それも保健室にこっそり入っていきテストを受けるという感じ(送り迎えは主にお母さんでした。お母さんも本人も大変でしたね)で、あとは、部屋にこもり、たまに夜中に「家を抜け出す」という生活を強いられました。ご想像つくかと思いますが、夜は人に顔を見られないから、というのが、その理由です。
昔だったらおそらくはぜんぜん気にならなかったであろう、ご両親や友だちのちょっとした言葉にも彼は傷つくようになり、肌が赤くなったり、ぶつぶつができたり、異常さが表にも現れるようにもときどきなりました。
勉強のほとんどは私が教え、不思議なことに(学校の先生方からするとということで、私には、それほどの不思議さはありませんでしたが)、定期テストでは、学校が驚くほどのいい点をとるようになりました。
しかし、学校から、このままでは出席日数が足りず、進級ができない旨言われ、彼もご両親もぎりぎりまで学校に残ることを切望しましたが、かなわず、学校に行けず、結局その学校をやめ、通信制の学校に転校することになりました。(つづく)
2018年5月28日
今から思うと、このときから、彼と私の「反撃」が始まったといえるのかもしれません。
家庭教師は、マイナスの状況ををプラスに転化する能力を持ち合わせていなければならない、少なくとも、見た目は難なくそうできる能力を持ち合わせていなければならないと思っています。
実際、あとで述べますように、一見彼の状況が最悪にみえる中で、好都合な面も見られました。プラスに持っていける要素は、考え方次第で、いくらでもありそうだと感じました。
私は、うつに関する今までの経験と知りうる知識を頭の中で整理し、たくわえ直して、そのうえで、目の前の彼との接触で感じることから、直観的に彼とどう接するのがいいか、考えて接することにしました。
直観的になどと言いますと、何か、論理的でないように感じられる方もおられるかもしれませんが、私は理屈っぽく考えたうえでの結論は、どうしても「情報のもれ」みたいなものが出てきて、それが判断に致命的なミスを与えかねないと感じたりもするんです。現実は、単純な理屈で割り切れない部分がたくさんあるように感じるんです。
ですから、いろいろな情報を頭の中にインプットして、しばらく熟成させて、そのうえで得た結論のほうがいい結果を招くということのほうが多かった、ということが私自身の経験から言えるように感じ、実際にそうすることのほうが多いです。
そのとき、私がとった行動は、具体的には、たとえば、授業の最後に彼の肩に、必ず、軽く優しく手を触れて、優しい声をかけて、安心感を与えるような感じで部屋を出るようにしたとか、うつというものに関して、私の認識、知識をできるだけ、本人はもちろん、ご両親にもご提供して、接し方に気を付けていただき、彼を守るようにしたこととか、彼には、悪い面ばかりではなく、メリットも、今の状況にはあるということを、具体的に、何かの折に説明していったとか、授業の最初には、必ず、彼の身の回りのあらゆることに関して、勉強面ということにこだわらずに、質問を受け付けるようにしたとか、でした。
特に、彼の身の回りのあらゆることに関して、勉強面ということにこだわらずに、質問を受け付けるようにしたところ、彼から、さまざまな質問、不安が提示され、それがそのつどの対処にとても役に立ちました。
そのうち、授業の最初に、彼から
「待ってました」
というかのように、勉強について以外で、平均すれば授業1回あたり2つか3つくらいの質問、不安(悩み)の表明などが伝えられるようになりました。(つづく)
(次回はページを変えて)
※もし、この「視点」全体から、読みたいところを探したいという方は視点目次(サイトマップ)をお使いください。ほとんどあらゆるタイプの頭の子、性格の子をとりあげてきています。かかわりの基本は同じですが、少しずつ、子どもたちによって、かかわりに変化をさせています。きっと、ご自身のお子さんと似た子も発見することでしょう。私が、どういう子にどうかかわって、子どもたちを変えてきたか、成績を上げていったか、などを、具体的に記していっていることがおわかりいただけるかと、、。ぜひご参考に、、、。繰り返し繰り返し読むに耐えうるものにしてあるつもりです。
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学校からいじめをなくすには。知識のしずく「その2」
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「勉強しろと言わないように」ということに関して。知識のしずく「その5}
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